約10年ぶりのアメリカ上陸。ニューヨークでの生活、写真。


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南米滞在記2 Oi , Rio de Janeiro!

e0036628_2373093.jpgブエノスアイレス(南米滞在記1 Mucho gusto, BUENOS AIRES!)から空路、ブラジルはリオ・デ・ジャネイロへ。
サンパウロがどちらかというと産業都市なのに対して、リオは観光地。
日差しは思ったよりも強くないが最高気温は25度を超えている。ただ、ここでも湿度があまり高くない。

初日の夜は、ボルコンでシュラスコ(churrasco)を食す。
コースターのような紙の表にはYes, please、裏にはNo, thank youと書いてありYesの面を表にしておくと、ウエイターが次々と肉をスライスしてサーブしていく。わんこそばの要領だ。牛肉、鶏肉、羊肉、豚肉なんでもあり。
夜9時を過ぎているというのに、乳飲み子を連れた家族連れが沢山いる。現地の人によれば、この時期のリオの夜は遅いらしい。
別の日に食べたイタリアンも美味かった。ブエノスでもそうだったけど、野菜や果物がおいしいのでこれらを使った料理は本当に美味い。

e0036628_2319084.jpgまずは、コルコバードの丘(Morro do Corcovado)へ。
麓までホテルでチャーターしたバスで乗りつけ、登山電車で頂上近くまで。そこからは徒歩かエレベータ。せっかく頂上までいったのに、頂上付近にはずっと雲がかかっていた。時折切れる雲の隙間から見える景色は絶景だ。






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キリスト像には後光が差している。
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翌日は快晴。ポン・ジ・アスーカルへ。
ここも出発地点までホテルでチャーターしたバスで乗りつけ、ロープウエーで頂上を目指す。頂上といっても2つある岩山をロープウエーが繋いでいる。大きい方の岩山はポルトガルの砂糖パンの形に似ているということで「Sugar Loaf」とも呼ばれる。
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遠くにコルコバードの丘が見える。湿気がやや多いのか空が思ったより青くなく、視界もあまりクリアではない。リオといえばビーチ。広い砂浜があちこちに点在している。それにしてもリオの地形はユニークだ(パノラマヴュー)。
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バスは、カテドラル・メトリポリターナ(1976年)へ。外観からは教会と判別できないくらいの残滓なデザイン。
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それゆえ、ガイドによれば、建築当初はローマ教会(?)から認めてもらえず、後に正式に認められたらしい。中は素晴らしいステンドグラス。
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ところで、市内観光したうち1日は12月30日で、リオでも最終営業日。市立劇場とか国立美術館の前を通ると、空に紙吹雪が舞っている。どうも書類を千切ってビルの窓からみんなで投げているらしい。。書類管理も何もあったものではないが、これも、またリオ。守秘義務契約のドラフトの際には留意されたい。

憧れのブラジル・サンバ。サンバショーは、Plataforma1へ。e0036628_23513539.jpg
Reviewは。。。微妙。e0036628_0291070.jpgタンゴもタンゴだけではなく原住民の踊りや音楽も取り入れて一つのショーにしているのだけど、タンゴと比較すると、サンバショーはどうも素人臭さが抜けない。ショーも客の盛り上がりに依拠していて、ややプロ意識に欠ける。例えば、前座は少女によるサッカーのリフティング(15分以上!)させたり、世界各地の音楽をかけて観客を指名して舞台に上がらせ歌わせたり、客をステージに連れ出して踊らせるとか。エンターテイメントとしてsophisticateされていていないという感じ。これでこの値段は高い。タンゴの方が断然お得。

e0036628_0585117.jpgなお、僕は今回の旅で、すっかりブエノスアイレスのファンになってしまった。サッカーは、ブラジルサッカーの方が好きだけど。フラメンゴのスタジアムの横も通過。やっぱり、なんか勝てる気がしない。
でも、思えば、カズは高校生の頃にこっちにやってきてプロ契約したというのだから、やっぱりすごい。以前、NHKか何かの番組のインタビューで、ブラジル時代、舗装されていない道をバスで延々と半日以上揺られて遠征して試合をして帰ってくるということをしていた、グラウンドだって芝生なんかロクに生えてない、それに比べればアジア最終予選で中東諸国を移動するのなんて大したことないと語っていた。
e0036628_0591376.jpgラモスも、リオ近くの出身で日本に来た、いわばたたき上げだ。彼らは、同じように、泥臭いまでに、「勝つためには強いハートが大切だ」と繰り返す。
確かに、彼らのプレーは今の代表選手に比べて上手くはないだろう。しかし、タフネスという点では、おそらく彼らの右に出るものはいない。最近は、中田英寿が、代表が強くなるためには個々人がもっと強くならなければだめだと、繰り返し繰り返し説いている。それは絶対的に正しい。中田も「海外でやる」ということの厳しさを、おそらく本当の意味で知っているのだ。ワールドカップまで、もう時間はない。

カズの話とはちょっと違うけれど、ブラジル、アルゼンチン、ペルーなどの南米諸国にはたくさんの日系人がいる。ブラジル移民史はとても古いが、やはり戦後の貧しい時代に多くの日本人が地球の裏側へ渡ったようだ。彼らの苦労は尋常ではなかったであろう。
戦後日本には多数の帰還者を加えた国内人口を支えるだけの経済的基盤がなく、食料を充分に供給することもできませんでした。サンフランシスコ講和条約(1951年)が日本の独立を許すと、政府はラテンアメリカ諸国と条約を結び、日本人定住農業移民を送るようになりました。まず1952年にブラジルへ戦後最初の移民団が渡航すると、その二年後にはパラグアイ、翌年にはアルゼンチン、1956年にドミニカ、1957年にはボリビアへ向けて、多くの日本人が移住しました。しかし1960年代に日本の経済が復興すると、国民の組織的海外移住は次第に終結に向かいました。やがて1980年代になると、南米の経済恐慌と日本のバブル経済の影響で、多数の日系ブラジル人やペルー人が日本に出稼ぎにやって来る現象が始まりました。

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人々も明るくて、天気も良くて、ビーチも綺麗。ついでに女性も積極的。
でも、リオは実は、あまり安全とはいえないのが残念。というか、これは致命的。ただ、豊富な資源は魅力的で、日本の商社も注力している国である。ちなみに、NYCのローファームも、ポルトガル語やスペイン語のできる南米からのLLM生を重宝しているとの噂もある。南米の開発案件やプロジェクトファイナンスを念頭においてのことだろう。e0036628_23473022.jpg
ブラジルのGDP
は世界10位へもう少しで届くところだ。政治的にも国連の常任理事国入りを狙おうかというところまで来ている。ただ、富の配分が国民のごく一部に偏り経済発展の恩恵を受けていない人々がたくさんいる。依然高い失業率(10パーセント超)、麻薬組織間の抗争、取締当局への示威行為及び頻繁な麻薬の一般売買等々を背景にいろいろな事件が起きている。

実は出発前日に、某日系企業の方から、リオ・デ・ジャネイロ日本商工会議所編集の『安全の手引き』を送って頂いたのだが、内容はリオ行きをdiscourageするもので・・例えば、
日系企業の駐在員が多数居住する地域にある12階建てアパートにて背広上下を着用し訪問客を装った男が、門番に門扉を開放させ、アパート内に入るとけん銃を突きつけ門番を制圧した。続いて仲間6人位が一斉にアパート内に押し入り、偶々、買い物のため自宅より建物1階に降りてきた邦人が、事件現場に遭遇し、けん銃を突きつけられ、腕時計、現金を強奪された上4階住民宅に監禁された。

2004年11月12日午後7時頃、コパカバーナ地区コパカバーナ海岸の波打ち際を、旅行者夫婦が散歩中、8人組の黒人少年から襲われ、夫人が携行していた鞄を強奪されたうえ、犯人の1人から鋭利なもので腹部を背後より刺された。更に夫人は、犯人から逃げようとアトランチカ大通りの車道に出たところ、一般車両に轢かれ、重傷を負った。

あと、駐在員の方々とランチをした際に聞いた話では、最近も、
日本人の奥様(ブラジル人)がテレビを見ていたところ、(ギャング同士なのかギャングと警察との間なのか定かでないが)銃撃戦の流れ弾が飛んできて首にあたるという痛ましい事件
があったらしい。

まあ、銃撃戦のさなかにテレビを見ているのもどうかと思ってよく聞いてみると、銃撃戦は4キロ程離れたところで行われていたらしく、銃弾がそこから飛んできたとか。こうなるともうピストルではなく、ライフルとか機関銃の類である。e0036628_2348115.jpg実際、リオには警察も容易には立ち入れない治外法権区と化した貧民街が存在しており、銃撃戦も珍しくないようだ。車が信号無視するのは立ち止まると襲撃されるからだそうで、防弾車の利用も奨励されている(そういえば、アルゼンチンでも、政治家の妻が車の窓越しに10発撃たれたが防弾ガラスに救われたらしい)。ビーチも犯罪多発地帯なので、荷物は「何も」持って行かないほうが良い。マンションも柵で囲われていて入り口にはガードマン。左に高層マンション、右に貧民街という通りで、ガイドが「これがRich and Poorのコントラストです」と説明していたのが印象的だ。

リオも安全であれば、もう本当に最高に楽しい街なのだろうが、一部の支配者層が仕切っているからこそ観光客として来ると楽しい街になっているという見方もある。何となく分かる気もして、複雑である。富める者と貧しい者の格差は絶望的。こういう国は世界に数え切れないくらいあるのだろう。

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e0036628_2362051.jpgリオ滞在は実質2日のみ。ちょっと短かった。空港に行く前に入ったホテル裏の食堂でまた肉を食べた。美味かったぜ、ロナウド似の兄ちゃん!(ポルトガル語がまったく分からないので残念)

帰りは、リオからサンパウロへ向かいそこで乗客を入れ替え、JFKへ。



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        コルコバードの丘(Morro do Corcovado)から
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        ポン・ジ・アスーカルから 奥に見えるのがコパカバーナのビーチ
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                   寄り添う二人
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               カテドラル・メトリポリターナ
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            コパカバーナ(4.3キロ続く)のビーチ(朝)
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                  コパカバーナのビーチ(昼)
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                 コパカバーナのビーチ(夕方)
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                  コパカバーナのビーチ(夜)
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              空と海の境界線(ポン・ジ・アスーカルより)
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by NYlawyer | 2006-01-03 00:00 | Travel