約10年ぶりのアメリカ上陸。ニューヨークでの生活、写真。


by NYlawyer

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30

検索

カテゴリ

Ball Game
Central Park
Colors of New York
Law and Business
Law Firm
Law School
NYC Art
NYC Bridge
NYC Restaurant
Rockefeller Center
Thought On...
Travel
Washington Sq. Pa

以前の記事

2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 01月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月
2003年 12月

フォロー中のブログ

七里ヶ浜だより Lett...
ブログヨコハマ
街の風景 ~横浜・東京篇~
LAT37N”
Notes from N...
ヨコハマな日々
TJアドバイザーズ代表T...
NED-WLT
Cutting Edge
京都の旅・四季の写真集
京都写真(Kyoto P...
ウォールストリート日記
NY THEMES
お散歩日和 ー京都の風ー
Snap of 鎌倉
Tori Box
NewYorkScenery
Life @ Harva...
tempo rubato...
日常写真
IMD留学記
It's a Small...

ライフログ


パラダイス鎖国 忘れられた大国・日本 (アスキー新書 54)


見えないアメリカ (講談社現代新書 1949)


ヤバい経済学 [増補改訂版]


まぐれ―投資家はなぜ、運を実力と勘違いするのか


私塾のすすめ ─ここから創造が生まれる (ちくま新書 (723))


政治と秋刀魚 日本と暮らして四五年


ヒューマン2.0―web新時代の働き方(かもしれない) (朝日新書)


「みんなの意見」は案外正しい


ウェブ時代 5つの定理 この言葉が未来を切り開く!


The Age of Turbulence


ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか (ちくま新書 687)


グーグル革命の衝撃 (NHKスペシャル)


獄中記


生物と無生物のあいだ (講談社現代新書 1891)


ロングテール―「売れない商品」を宝の山に変える新戦略


ザ・ペニンシュラ・クエスチョン―朝鮮半島第二次核危機


Making Globalization Work


マサチューセッツ通り2520番地


フラット化する世界(上)


会社法入門


ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる


ビジネスは人なり 投資は価値なり―ウォーレン・バフェット


Mergers, Acquisitions, and Corporate Restructurings (Wiley Mergers and Acquisitions Library)


Corporate Governance


A Random Walk Down Wall Street: The Time-Tested Strategy for Successful Investing


Sales, Leases and Electronic Commerce: Problems and Materials on National and International Transact


The Chairman


A Window Across the River


Something Borrowed


Sisters-In-Law: an Uncensored Guide for Women Practicing Law in the real world (Sphinx Legal)


アメリカ大統領の英語―就任演説 (第1巻)


NHKスペシャル マネー革命〈1〉巨大ヘッジファンドの攻防


Corporate Finance


Commentaries and Cases on the Law of Business Organization


American Law In A Global Context: The Basics


実験国家アメリカの履歴書―社会・文化・歴史にみる統合と多元化の軌跡


アメリカ過去と現在の間


セント・オブ・ウーマン/夢の香り


東京タワー プレミアム・エディション


Esquire (エスクァイア) 日本版 10月号 [雑誌]


Gokutabi New York―行くたびに違う時間私のニューヨーク


JET STREAM NEW YORK SUCCESS STREET

その他のジャンル

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

画像一覧

カテゴリ:Travel( 29 )

メキシコ滞在記4 to be continued...

今回のメキシコ旅行は遺跡めぐりの旅だから、バスによる移動が多かった。だから、実はメキシコシティを含めてあまり街に繰り出していないのだが、街の写真をいくつか。
メキシコシティ
e0036628_9525165.jpg
e0036628_953348.jpg
e0036628_9531438.jpg

プエブラ
e0036628_9574818.jpg

e0036628_953411.jpg

e0036628_9565127.jpg

e0036628_9535346.jpg
e0036628_954591.jpg

写真を整理するのが結構大変なので、写真つきで紹介するのを端折った遺跡もある。
例えば、Cholula遺跡は、バスで結構走った割にはimpressiveではなかったなあ。
http://www.delange.org/Cholula2/Cholula2.htm
http://www.delange.org/Cholula/Cholula.htm

もう一つは、カンクンからバスで2時間くらいのTulum遺跡。これはカリブ海に面した岸壁の上にある遺跡で、カリブ海の青と、砂浜の白と、遺跡内に生える芝生の緑と、ユカタンの空の青とで、何とも素晴らしい景色だ!しかし、カメラを忘れ写真は無いので、こちらのツアーをお楽しみ下さい。

あと、教会も、数えていないが、かなり見たはずだ。
グアダルーペ寺院にあるマント:カトリック3大奇跡の褐色の聖母の物語
e0036628_9542135.jpg


年末にアルゼンチンとブラジルにも行ったし、中南米の雰囲気は何となく分かった気もする。だから、中南米は当分いいかなと思っている。まあ、ちょっと飽きたしね^^
が、実はメキシコ人LLMの結婚式に呼ばれているので(ほんとに声かけられた)8月に日本に帰る前にもう一度、メキシコに行くことになるかも。でも彼がアメリカの法律事務所に決まりそうで、そうするとメキシコでは結婚式はやらないかも、だって。
ところで、この滞在記に食事の話が出てこないのは、個人的にはイマイチだったから。でも、メキシコでの結婚式って、多分、伝統的メキシコ料理だよねえ。。苦笑
e0036628_9523483.jpg

[PR]
by NYlawyer | 2006-03-26 11:27 | Travel

メキシコ滞在記3 ~Chichen Itza~

さて、メキシコシティからカンクンに移動し、マヤ文明の遺跡、Chichen Itza(チェチェン・イツァー)へ。
カンクン中心部からはバスで3時間あまり。森を切り開いて造られた道路をひたすら走り続ける。
e0036628_1339153.jpg

Chichen Itzaは、もともと平地のジャングルの中にあったこともあり、スペイン人の侵略者による発見を免れた。だから、破壊されることもなく、他の遺跡に比べれば保存状態は相対的に良かったようだ。
まず遺跡の位置関係を
e0036628_13553248.jpg

The Pyramid of Kukúlcan(ククルカン神殿)
Teotihuacanのピラミッドもそうだったけど、このピラミッドも傾斜はかなりきつく、40度くらいはあるようだ。06年1月に観光客が階段から落ちて亡くなったため、今は登ることはできない。
e0036628_13393375.jpg

この遺跡の特徴は色々あったが、遺跡にも若干飽きてきてあまり聞いていなかったので忘れた。
ただ、一つだけ面白い現象が毎年、春分の日と秋分の日に発生する。両日に差し込む西からの陽がピラミッドの一辺(↓の写真)に当たり、北側の階段側面に影を造る。
e0036628_13514799.jpg

すると、その階段側面に蛇のイメージが現れる。階段の一番下は蛇頭だ。彼らもまた天体の動きを把握していたことが分かる。しかし、それだけではなく建築技術も持っていたということだろう(これは写真を撮れなかったので、こちらのサイトを参照)。
e0036628_13524987.jpg

この日は18日だったが、撮影クルーがカメラをセットして準備をしていた。
e0036628_13401227.jpg

The Ball Court(競技場)
e0036628_13403061.jpg

勝ったチームのキャプテンは生贄とされた。競技場内の一定の場所に行き声を上げたり手をたたいたりすると、やまびこのように声や音が反響する。実際、建物の壁には反響効果を考えて、やや傾斜を持たせている。
e0036628_13584572.jpg

Platform of Venus(金星の台座)
e0036628_13405616.jpg

Temple of the Warriors(戦士の神殿)
e0036628_13421773.jpg

e0036628_1342346.jpg

周りにある柱も印象的だ。
e0036628_13425290.jpg

Temple of the Warriorsから見るピラミッド
e0036628_13431763.jpg

The Sacred Cenote(聖なる泉)
遺跡の中心部からは少し離れたところにある、地質の関係で陥没してできた池のようなもの。
e0036628_13433854.jpg

生贄とされた人間(マヤ人であることもあったが、生贄とするために奴隷を調達することもした)をここから放り投げたとされる。生贄は神にささげるものだから装飾品を身に纏うことが多い。したがって、池の底には死体だけではなくそれら装飾品も沈んでいることになる。そこで、あるアメリカ領事はこの一帯を買収し、遺体が身につけていた貴金属やヒスイを水底から拾い上げ、富を得たという。名実ともに、死体に群がる「ハゲタカ」である。
e0036628_13435436.jpg

Chichen Itzaは新しい遺跡と古い遺跡とに分かれている。今までの写真は新チェチェンで、これから下の写真は旧チェチェン。
e0036628_13441320.jpg

The Observatory(天文台)
マヤ人は、一体どのようにして天体の動きを知ることができたのだろうか。
e0036628_13443540.jpg

e0036628_13444818.jpg

The Nunnery(尼僧院)
この建物もTeotihuacanと同じように、古い建物の上に覆いかぶさるように新しい建物が造られている。
e0036628_13451113.jpg

e0036628_13452586.jpg

なお、一目瞭然というべきか、メキシコシティに比べてユカタン半島の空は青い。

衝撃公開!NYlawyerの勇姿
[PR]
by NYlawyer | 2006-03-24 14:01 | Travel

メキシコ滞在記2 ~In the Fields of Gold~

メキシコシティからおよそ50キロのところにあるTeotihuacan Pyramids(テオティワカン)へ。
文字等の文献が発見されていないこともあって、どんな人たちがここに住んでいたのか、分かっていない。アステカ人がこの地に入ったときには、建物はすでに破壊ないし消失していたと言われている。もちろん、その後スペイン人が発見したときには、アステカ人はここには居ない。仮説の上に別の仮説が唱えられているのだ。
この地域の遺跡の特徴は、ピラミッドに限らず建造物を52年ごとに改築ないし増築していること。だから、いま現在目に見えている建物の中に別の建物が存在していることが少なくない。彼らはすでにある建物に覆いかぶせるようにブロックを積んで建物を造っていったのだ。
e0036628_3445380.jpg

The Avenue of the Dead(死者の大通り)
南北に走るおよそ5キロあったといわれる中央の大通り。いまは半分の2.5キロが復元されている。
e0036628_3451173.jpg

Pyramid of the Sun(太陽のピラミッド)
この一角では東に位置する中心的ピラミッド(222m×225m、高さ65m)。北緯19.5度に位置するテオティワカンでは、5月19日と7月25日の正午に太陽がピラミッドの真上にくる。ピラミッドの真上には、太陽の光を集めるかのように、小さな銀の塊が埋め込まれている。これを造った民族は太陽や月の動きを理解していたと言われている(つまり、上記日時に太陽が真上に来るようにピラミッドの場所を選んでいる)。
e0036628_3453394.jpg

太陽のピラミッド頂上から北西方向。右に見えるのは月のピラミッド。
e0036628_3462210.jpg

Pyramid of the Moon(月のピラミッド)
この一角では北に位置する、120m×150m、高さ43mのピラミッド。
e0036628_3454867.jpg

月のピラミッド頂上から南方面・死者の大通りをのぞむ。
e0036628_346380.jpg

少し南に離れたところにあるケツァルコアトル神殿。
上記2つのピラミッドとは異なる民族が造ったという説もアリ。
e0036628_3463886.jpg

e0036628_3465375.jpg

ケツァルコアトル神殿前の死者の大通りから、北方向。
二つのピラミッドが見える。
e0036628_3524880.jpg

e0036628_3561832.jpg


Teotihuacanは、"City of the Gods"を意味するらしい。 かつて存在した都なき今、まだほとんど解明されていないこの地は、現代の"Fields of Gold"なのかも知れない。
You'll remember me when the west wind moves
Upon the fields of barley
You'll forget the sun in his jealous sky
As we walk in fields of gold

So she took her love for to gaze awhile
Upon the fields of barley
In his arms she fell as her hair came down
Among the fields of gold

Will you stay with me, will you be my love
Among the fields of barley
We'll forget the sun in his jealous sky
As we lie in fields of gold

See the west wind move like a lover so
Upon the fields of barley
Feel her body rise when you kiss her mouth
Among the fields of gold

I never made promises lightly
And there have been some that I've broken
But I swear in the days still left
We'll walk in fields of gold
We'll walk in fields of gold

Many years have passed since those summer days
Among the fields of barley
See the children run as the sun goes down
Among the fields of gold
You'll remember me when the west wind moves
Upon the fields of barley
You can tell the sun in his jealous sky
When we walked in fields of gold
When we walked in fields of gold
When we walked in fields of gold

Fields of Gold by Sting
Album: Ten Summoner's Tales (1993)

e0036628_3482197.jpg

[PR]
by NYlawyer | 2006-03-23 03:56 | Travel

メキシコ滞在記1

JFKから4時間のフライト。メキシコに行ってきました。「メキシコでメキシッコ」とか言っていた小学生時代には考えられなかったことです(ネタが古くてすみません)。参考:メキシコ基本情報
まずはメキシコシティの写真をアップ---
e0036628_13395328.jpg

今日メキシコシティがあるところには、もともと古代アステカの都テノチティトランがあった。テノチティトランは「蛇をくわえた鷲が降り立った地を都にせよ」というアステカの神話に基づき作られた都だが、もともとは湖があったところ。つまり、メキシコシティは湖の広大な埋立地なのだ。だから、世界遺産となっているカテドラル(↓)などの歴史的建造物も地盤沈下でかなり傾いているものが多い。

カテドラル(Catedral Metropolitana)
1573年起工・1813年完工、アメリカ大陸最大
e0036628_1362262.jpg

e0036628_1364141.jpg

ソカロ広場(PLAZA DE LA CONSTITUCION)
広場としてはモスクワの赤の広場に次ぐ、世界第2位の大きさ
e0036628_137499.jpg

確かに大きくて全貌を収めるのは難しい。
e0036628_1373339.jpg

ソカロ広場に立てられているポールの影の部分で涼んでいる人々(これは示し合わせたギャグなのだろうか?)
e0036628_1374819.jpg

国立宮殿(Palacio Nacional)
国立宮殿もカテドラルもソカロ広場に面している。
e0036628_1315798.jpg

軍隊(MP)も常駐。屋根の上にはライフルを持った兵士も。
e0036628_1381633.jpg

宮殿の中には、メキシコの歴史を描いた壁画がある(後述)。
e0036628_1315246.jpg

宮殿付近の風景
フォルクスワーゲンのメキシコ工場で旧型ビートルを世界的に最後まで生産していたこともあって、旧型のビートルもタクシーとして多く走っている。
e0036628_13123522.jpg

e0036628_1391767.jpg
e0036628_1393123.jpg

ちなみに、2,200メートルという高い標高によるものなのか、人口2,000万人がひしめく故の大気汚染のせいなのか、ちょっと息苦しい感じがする(なかなか息を飲めない、という感じ)。乾季であることも影響しているのだろう。光化学スモッグのせいで、メキシコシティの空は、ブエノスやリオの「抜けるような青い空」ではなかったのが残念。
e0036628_13462174.jpg

メキシコシティは盆地なので奥に山が見えるはずなのだか、ご覧のとおり、霞んでいる。これは明らかに自然の霧や靄ではない。

Palacio Nacional内の壁画はこちら
[PR]
by NYlawyer | 2006-03-21 13:50 | Travel

South of Our Border

ということで帰ってきました。詳細は後日アップします。
e0036628_13183837.jpg

[PR]
by NYlawyer | 2006-03-20 13:19 | Travel

NASSAU, The Bahamas

e0036628_1345536.jpg
e0036628_12542390.jpg

また一つ、夏が終わってしまった。
厳密にはもう2006年なのだけど、東京、ニューヨーク、南米、そしてバハマの4つの「夏の終わり」を1年で経験して、何だか少し切なくなる。
僕の心模様が伝わってしまったのか、カメラを向けても彼女は、いつになく、伏し目がちだった。

More
[PR]
by NYlawyer | 2006-01-07 13:16 | Travel

南米滞在記3 Back to Big Apple

ということで、ひとまず帰ってきたニューヨーク。海外旅行なんて本当に久しぶりだった。
南米滞在記1 Mucho gusto, BUENOS AIRES!
南米滞在記2 Oi , Rio de Janeiro!

リオのホテルで読んだ朝日新聞にあったコラム。記者は、ニューヨーカーは、店舗においてある万引き防止用ブザー(例えば、本屋では他の店で買った本にも反応する。)と地下鉄での無差別手荷物検査に、どうして反対しないのかと疑問を提起し、アメリカの安全・治安を理由に納得し沈黙する自由の都市・ニューヨークの何かが変わりつつあるのではないかと結んでいた。

e0036628_13122555.jpgブラジルからの帰りの飛行機は、リオからサンパウロ、サンパウロからJFKという航路。
リオではチェックインカウンター前にすでに長蛇の列。チェックインする乗客一人ひとりに、航空会社社員がインタビューしている。
「電子機器はお持ちですか」「あなたはそのデジカメ・パソコンをいつ購入しましたか」「空港内であなたの荷物は誰が持っていましたか、他人に荷物を預けませんでしたか」「免税店以外名で何か物を買いましたか」大要、こんな質問を全ての乗客にしている。搭乗口でもなかなか乗客が飛行機の中に収まらないなあと思ったら、同じインタビューをまたやっている。

e0036628_13124220.jpgサンパウロでも、JFK行きの便の搭乗口でまたまた同じインタビュー。
年末年始でテロを警戒するのは分かるけれど、少しやりすぎではないかという気がしないではない。そもそも、そんなインタビューしたところで正直に話すテロリストがいるのか。ここまで来ると、「一応やることはやっておきました」という為政者の免責のための手続のような気もしてくる。それとも、妙なところで性善説に立つアメリカ人気質の表れなのか。
JFKに到着して、Immigration。順番になって呼ばれてパスポート等を渡して、指紋を採る。なかなかうまくいかない。「その紙で指を拭いてよ!」朝6時前に、係官のおばちゃんに怒鳴られた。係官のブースに張ってあるポスターに、「We are the faces of our nation」とか何とか書いてある。

e0036628_1313098.jpgカウントダウンを控えたタイムズ・スクエアには、防弾チョッキを着てライフルを持った警官の姿がちらほら。この人ごみの中で、ライフルぶっ放すとどうなるのか。Collateral Damageとでも表現するのか。
新聞には、令状なしの盗聴に国民の理解を求めるブッシュ大統領のラジオ演説の記事。
建国以来、保守とリベラルの間でバランスしてきたこの国は、今おそらく最も右傾化しているのだろう。





今回、南米に1週間ほど旅行に行って感じたのだけれど、正直、僕は、ニューヨークの方が怖い。
ブエノスもリオも交通マナーは本当に悪いけれど、運転手が何時もイラついているニューヨークのtrafficの方が僕には怖い。ブエノスもリオも治安は良くないけれど、ニューヨークの街も僕には違う意味で怖く映る。スペイン語もポルトガル語も通じないけれど、ブエノスもリオも人は陽気だ。ニューヨークでは、こちらが店員に怒られる。
どうして、この街はこんなにギスギスしているのか。何を、そんなに、急ぐのか。

そんなニューヨークも、長いフライトで帰ってくると、「あー、帰ってきた」と思うから不思議だ。
もうすぐ、この街にも、いつもの興奮と喧騒が戻ってくるだろう。
今年も、この街に惹きつけられた多くの人が、この街を訪れるだろう。
僕の慌しい生活も、また始まろうとしている。
e0036628_13102065.jpg

[PR]
by NYlawyer | 2006-01-03 13:14 | Travel

南米滞在記2 Oi , Rio de Janeiro!

e0036628_2373093.jpgブエノスアイレス(南米滞在記1 Mucho gusto, BUENOS AIRES!)から空路、ブラジルはリオ・デ・ジャネイロへ。
サンパウロがどちらかというと産業都市なのに対して、リオは観光地。
日差しは思ったよりも強くないが最高気温は25度を超えている。ただ、ここでも湿度があまり高くない。

初日の夜は、ボルコンでシュラスコ(churrasco)を食す。
コースターのような紙の表にはYes, please、裏にはNo, thank youと書いてありYesの面を表にしておくと、ウエイターが次々と肉をスライスしてサーブしていく。わんこそばの要領だ。牛肉、鶏肉、羊肉、豚肉なんでもあり。
夜9時を過ぎているというのに、乳飲み子を連れた家族連れが沢山いる。現地の人によれば、この時期のリオの夜は遅いらしい。
別の日に食べたイタリアンも美味かった。ブエノスでもそうだったけど、野菜や果物がおいしいのでこれらを使った料理は本当に美味い。

e0036628_2319084.jpgまずは、コルコバードの丘(Morro do Corcovado)へ。
麓までホテルでチャーターしたバスで乗りつけ、登山電車で頂上近くまで。そこからは徒歩かエレベータ。せっかく頂上までいったのに、頂上付近にはずっと雲がかかっていた。時折切れる雲の隙間から見える景色は絶景だ。






e0036628_2375391.jpg

キリスト像には後光が差している。
e0036628_2383156.jpg


翌日は快晴。ポン・ジ・アスーカルへ。
ここも出発地点までホテルでチャーターしたバスで乗りつけ、ロープウエーで頂上を目指す。頂上といっても2つある岩山をロープウエーが繋いでいる。大きい方の岩山はポルトガルの砂糖パンの形に似ているということで「Sugar Loaf」とも呼ばれる。
e0036628_2385929.jpg

遠くにコルコバードの丘が見える。湿気がやや多いのか空が思ったより青くなく、視界もあまりクリアではない。リオといえばビーチ。広い砂浜があちこちに点在している。それにしてもリオの地形はユニークだ(パノラマヴュー)。
e0036628_23384037.jpg
e0036628_2339397.jpg











バスは、カテドラル・メトリポリターナ(1976年)へ。外観からは教会と判別できないくらいの残滓なデザイン。
e0036628_23102341.jpg

それゆえ、ガイドによれば、建築当初はローマ教会(?)から認めてもらえず、後に正式に認められたらしい。中は素晴らしいステンドグラス。
e0036628_23104288.jpg

e0036628_0232497.jpg


ところで、市内観光したうち1日は12月30日で、リオでも最終営業日。市立劇場とか国立美術館の前を通ると、空に紙吹雪が舞っている。どうも書類を千切ってビルの窓からみんなで投げているらしい。。書類管理も何もあったものではないが、これも、またリオ。守秘義務契約のドラフトの際には留意されたい。

憧れのブラジル・サンバ。サンバショーは、Plataforma1へ。e0036628_23513539.jpg
Reviewは。。。微妙。e0036628_0291070.jpgタンゴもタンゴだけではなく原住民の踊りや音楽も取り入れて一つのショーにしているのだけど、タンゴと比較すると、サンバショーはどうも素人臭さが抜けない。ショーも客の盛り上がりに依拠していて、ややプロ意識に欠ける。例えば、前座は少女によるサッカーのリフティング(15分以上!)させたり、世界各地の音楽をかけて観客を指名して舞台に上がらせ歌わせたり、客をステージに連れ出して踊らせるとか。エンターテイメントとしてsophisticateされていていないという感じ。これでこの値段は高い。タンゴの方が断然お得。

e0036628_0585117.jpgなお、僕は今回の旅で、すっかりブエノスアイレスのファンになってしまった。サッカーは、ブラジルサッカーの方が好きだけど。フラメンゴのスタジアムの横も通過。やっぱり、なんか勝てる気がしない。
でも、思えば、カズは高校生の頃にこっちにやってきてプロ契約したというのだから、やっぱりすごい。以前、NHKか何かの番組のインタビューで、ブラジル時代、舗装されていない道をバスで延々と半日以上揺られて遠征して試合をして帰ってくるということをしていた、グラウンドだって芝生なんかロクに生えてない、それに比べればアジア最終予選で中東諸国を移動するのなんて大したことないと語っていた。
e0036628_0591376.jpgラモスも、リオ近くの出身で日本に来た、いわばたたき上げだ。彼らは、同じように、泥臭いまでに、「勝つためには強いハートが大切だ」と繰り返す。
確かに、彼らのプレーは今の代表選手に比べて上手くはないだろう。しかし、タフネスという点では、おそらく彼らの右に出るものはいない。最近は、中田英寿が、代表が強くなるためには個々人がもっと強くならなければだめだと、繰り返し繰り返し説いている。それは絶対的に正しい。中田も「海外でやる」ということの厳しさを、おそらく本当の意味で知っているのだ。ワールドカップまで、もう時間はない。

カズの話とはちょっと違うけれど、ブラジル、アルゼンチン、ペルーなどの南米諸国にはたくさんの日系人がいる。ブラジル移民史はとても古いが、やはり戦後の貧しい時代に多くの日本人が地球の裏側へ渡ったようだ。彼らの苦労は尋常ではなかったであろう。
戦後日本には多数の帰還者を加えた国内人口を支えるだけの経済的基盤がなく、食料を充分に供給することもできませんでした。サンフランシスコ講和条約(1951年)が日本の独立を許すと、政府はラテンアメリカ諸国と条約を結び、日本人定住農業移民を送るようになりました。まず1952年にブラジルへ戦後最初の移民団が渡航すると、その二年後にはパラグアイ、翌年にはアルゼンチン、1956年にドミニカ、1957年にはボリビアへ向けて、多くの日本人が移住しました。しかし1960年代に日本の経済が復興すると、国民の組織的海外移住は次第に終結に向かいました。やがて1980年代になると、南米の経済恐慌と日本のバブル経済の影響で、多数の日系ブラジル人やペルー人が日本に出稼ぎにやって来る現象が始まりました。

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
人々も明るくて、天気も良くて、ビーチも綺麗。ついでに女性も積極的。
でも、リオは実は、あまり安全とはいえないのが残念。というか、これは致命的。ただ、豊富な資源は魅力的で、日本の商社も注力している国である。ちなみに、NYCのローファームも、ポルトガル語やスペイン語のできる南米からのLLM生を重宝しているとの噂もある。南米の開発案件やプロジェクトファイナンスを念頭においてのことだろう。e0036628_23473022.jpg
ブラジルのGDP
は世界10位へもう少しで届くところだ。政治的にも国連の常任理事国入りを狙おうかというところまで来ている。ただ、富の配分が国民のごく一部に偏り経済発展の恩恵を受けていない人々がたくさんいる。依然高い失業率(10パーセント超)、麻薬組織間の抗争、取締当局への示威行為及び頻繁な麻薬の一般売買等々を背景にいろいろな事件が起きている。

実は出発前日に、某日系企業の方から、リオ・デ・ジャネイロ日本商工会議所編集の『安全の手引き』を送って頂いたのだが、内容はリオ行きをdiscourageするもので・・例えば、
日系企業の駐在員が多数居住する地域にある12階建てアパートにて背広上下を着用し訪問客を装った男が、門番に門扉を開放させ、アパート内に入るとけん銃を突きつけ門番を制圧した。続いて仲間6人位が一斉にアパート内に押し入り、偶々、買い物のため自宅より建物1階に降りてきた邦人が、事件現場に遭遇し、けん銃を突きつけられ、腕時計、現金を強奪された上4階住民宅に監禁された。

2004年11月12日午後7時頃、コパカバーナ地区コパカバーナ海岸の波打ち際を、旅行者夫婦が散歩中、8人組の黒人少年から襲われ、夫人が携行していた鞄を強奪されたうえ、犯人の1人から鋭利なもので腹部を背後より刺された。更に夫人は、犯人から逃げようとアトランチカ大通りの車道に出たところ、一般車両に轢かれ、重傷を負った。

あと、駐在員の方々とランチをした際に聞いた話では、最近も、
日本人の奥様(ブラジル人)がテレビを見ていたところ、(ギャング同士なのかギャングと警察との間なのか定かでないが)銃撃戦の流れ弾が飛んできて首にあたるという痛ましい事件
があったらしい。

まあ、銃撃戦のさなかにテレビを見ているのもどうかと思ってよく聞いてみると、銃撃戦は4キロ程離れたところで行われていたらしく、銃弾がそこから飛んできたとか。こうなるともうピストルではなく、ライフルとか機関銃の類である。e0036628_2348115.jpg実際、リオには警察も容易には立ち入れない治外法権区と化した貧民街が存在しており、銃撃戦も珍しくないようだ。車が信号無視するのは立ち止まると襲撃されるからだそうで、防弾車の利用も奨励されている(そういえば、アルゼンチンでも、政治家の妻が車の窓越しに10発撃たれたが防弾ガラスに救われたらしい)。ビーチも犯罪多発地帯なので、荷物は「何も」持って行かないほうが良い。マンションも柵で囲われていて入り口にはガードマン。左に高層マンション、右に貧民街という通りで、ガイドが「これがRich and Poorのコントラストです」と説明していたのが印象的だ。

リオも安全であれば、もう本当に最高に楽しい街なのだろうが、一部の支配者層が仕切っているからこそ観光客として来ると楽しい街になっているという見方もある。何となく分かる気もして、複雑である。富める者と貧しい者の格差は絶望的。こういう国は世界に数え切れないくらいあるのだろう。

---------------
e0036628_2362051.jpgリオ滞在は実質2日のみ。ちょっと短かった。空港に行く前に入ったホテル裏の食堂でまた肉を食べた。美味かったぜ、ロナウド似の兄ちゃん!(ポルトガル語がまったく分からないので残念)

帰りは、リオからサンパウロへ向かいそこで乗客を入れ替え、JFKへ。

Ate logo, Rio!
[PR]
by NYlawyer | 2006-01-03 00:00 | Travel

南米滞在記1 Mucho gusto, BUENOS AIRES!

e0036628_0151624.jpg「やはり街には街の匂いがあるな」
前から思っていたことだけど、エセイサ国際空港に降り立ったとき、そう思った。おそらく気温はかなり高いはずだが湿気があまりないので、空港から街中心部へ飛ばすタクシーの窓から入ってくる風が、本当に気持ちが良い。

「日本の裏側」 -- アルゼンチンの首都・ブエノスアイレスは地理の授業でそう紹介されていた。日本からの所要時間は乗り継ぎを含めて24時間を優に越える。北米からのアクセスは比較的よいのと、こちらにいる間くらいしか行くことはないのではないか。そう思って、僕は今、「南米のパリ」と呼ばれるブエノスアイレスにいる。

e0036628_2233027.jpg着いた日はクリスマス。街角には観光客もまばらに見られる程度。翌日からは観光客も含めかなりの人が繰り出していた。ブエノスアイレスは、今がハイシーズン。
南米のパリと呼ばれるだけあって、街並みも「パリですよ」と言われると騙されそう。確かにヨーロッパを思い起こさせる雰囲気があるし、石畳の通りもあちらこちらに。南米は文化的にはヨーロッパに近い。
ブティック等もどちらかというとフランス・イタリア系のブランドが目立つ。街行く人も、ニューヨーカー(これって、ある意味、「死語」じゃないのかなあ?)に比べれば格段にお洒落である。

e0036628_2235786.jpg
男性はシャツを着ている人が多いがシャツをパンツの外に出さないし、ボタンダウンの半袖ポロシャツや、カラフルなリネンシャツを着こなしている。また、アルゼンチンは革製品で有名らしく、確かに結構良い感じの革靴が非常に安く並んでいる。そう、雑誌「LEON」の「ちょいもてオヤジ」が街を歩いている感じ。
ついでに、走っている車は、20年落ちくらいのシトロエンやプジョー。フィアットやフォルクスワーゲンもいるけど、フランス車が圧倒的に多い感じがする。



e0036628_2442973.jpg
地下鉄(A線)は非常にレトロ。ドアの開閉は手動。内装は木製。趣がある。日本で引退した地下鉄の車両が海外で第二の人生を送ることは珍しくないが、ここブエノスアイレスも例外ではない。でも、もっと驚いたのは、東京の銀座線の開発にあたってアルゼンチンの地下鉄を参考にするため、日本から視察団が訪れていること。
実際、アルゼンチン経済は1930年代までは南米でも優等生だったのだ。しかし、その後の近代化・工業化の波に乗り遅れて次第に経済は停滞。そこからアルゼンチンの苦しい時期が始まる。



e0036628_2273246.jpg市民による銀行襲撃まで起きた2001年に始まる未曾有の経済危機は、まだ終焉したわけではない(参考:財務省レポート日銀レポートジェトロ資料)。街には「Banco ○○」(○○銀行)という看板があちこちに沢山あるのだが、素人目にもオーバーバンキングのように思える。
ところで、最近、アルゼンチンのライバル・ブラジルがIMF(国際通貨基金)に対する債務を返済することを決めると、その2日後にはアルゼンチンもIMFへのプリペイ(注:融資を期限前に返済すること)を発表。そこに透けて見えるのは、「ブラジルが返すなら自分たちも返す」というブラジルへの強烈なそして素朴なライバル心。ブラジルがプリペイしなければアルゼンチンもプリペイしなかっただろうし、ブラジルがIMF融資ではなく民間融資の方をプリペイしたら、アルゼンチンも多分民間融資の方をプリペイしただろう。実際、アルゼンチンには他にも多額の対外債務があるが、そちらは返済が滞っていてリスケ(返済計画の見直し)をしてもらっている状況下での発表であった。市中銀行団の反応は容易に想像できよう。地に足の着いた経済運営が望まれるところである。
失業率は15パーセント近くあるらしく、本邦外務省作成の安全情報も「十分注意してください」になっている。東京やNYCで過ごす僕からすれば物価はかなり安いが、インフレは確実にしかもハイペースで進行しており、庶民の生活を確実に圧迫しているようだ。

e0036628_2264855.jpg
e0036628_0354383.jpg









サッカーで有名なボカに向かう途中には、貧民街の横を通る。テレビでした見たことのない瓦礫の山のような家々が、窓ガラスのすぐ向こうに並んでいた。ボカ・ジュニアース(高原が2001シーズンに在籍)のスタジアムの廻りも、ブエノスアイレスの中心部とは明らかに雰囲気が違う。暗くなってからは歩きたくない感じ。「街の匂い」も違う。ゴミをあさる人、使い古しのタイヤや鉄屑を拾う裸足で歩く少年少女。ゼイゼイ涎をたらしながら徘徊する野良犬。
アルゼンチンにサッカーで勝つのは難しいのではないか。理由は良く分からない、直感的にそう思った。
でも、ボカも非常に魅力的なエリア。


ところで、ブエノスアイレスでも、Networking。
某日系企業の駐在員事務所の方とその方の友人で米国ビジネススクールに留学中の方とで、ランチ。地球の裏側でも共通の友人や知人が判明するから、僕らの周りの世界は狭い。
それはそうと、昼から400グラムあるステーキを平らげてしまった。この後、今回の旅行中は毎日毎日、昼夜を問わず分厚い肉ばかりを食べることになる。食事と飲み物は何でも本当においしい。それに比べて、ニューヨークの食事はやっぱり「大味」だな。

e0036628_2255674.jpg夜はTangoを鑑賞
個人的にはTangoは音楽も良い。
「泣きたいけれど泣き切れない」、そんな擦り切れそうで哀しくて切ない音色を作り出すバンドネオン、バイオリン、ピアノ、コントラバスの演奏に酔いしれる。何がそんなに哀しいのか。

日程の関係で、イグアス(Iguazú)の滝とコルドバ(Córdoba)(アルゼンチン第2の都市らしい。なぜか「コルドバ」を知っている。)には行くことができなかった。
スペイン語ができたら楽しいだろうなあ。
いつかまた来てみたい。

後ろ髪を引かれつつ、次の目的地へ。

Hasta luego, BUENOS AIRES!
[PR]
by NYlawyer | 2006-01-02 02:50 | Travel